漢字のある暮らし

 

秦恒平

(作家。日本ペンクラブ理事・同電子メディア対応研究会座長。日本文藝家協会知的所有権委員。)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~hatak/

 いまワープロで「ぼく」という単漢字をひろって行くと「攴」ないし「攵」の字に出会うだろう。画数の多少はあるが、今それは措く。例えば「数」の右半分が「攵」である。「数」という漢字にふれて、しばらく思い出ばなしを許されたい。
 十年近く前から数年のあいだ、わたしは東京工業大学で「文学」教授を引き受けていた。数年前に定年で退いた。
 在任のあいだ、学部教授会には就任時と退任時の二回しか出なかった。終始一貫、教室で、教授室で、学外で、わたしは学生諸君とだけ付き合っていたのである。
 ところで教授室へ話しにくる学生に、「高分子膜系に於けるイミダゾール及びその誘導体の電子伝達能」を研究している、好青年がいた。研究のことは私にはなにも分からない。いいピアニストで、よく私をピアノのある階段教室に誘って、ショパンやブラームスやシューマンなどを、小一時間、弾いて聴かせてくれる。しかもアルピニストでもある。
 このN君が、ある日の歓談のさなか、「数」とは、これ以上ない「明確」なものですとポロリと言った。私は、幾らかからかい気味にこう話した。文豪幸田露伴に『運命』という名作があるが、原題は「數」だった。編集者の希望を入れて、同じ意味の「運命」に替えたんだよと。数は、明確どころか・数奇な運命というように、数えようもなく不明確な意義の文字だったんだ。
 N君は信じられないという顔をした。そこで次の週の教室へ持ちこみ、「数は、明確か」といきなり学生諸君に問うてみた。数学専攻の学生はほぼ一致して「明確だと思い込んではならない」と答えていた。だが「明確そのもの」と認めている学生が多かった。
 数の正字は「數」であり、左半分の「婁」は髪を高く重ねあげた女で、右の「攵」は木で打つ意味をもっている。高く結った女の髪を木でつよく打つ。髪は乱れて収拾がつかない。それが数の原態であり、数々は「さくさく」と読んで、ものごとの乱れに乱れている形容だ。そんな数えようもない中から、想像を絶した時間と知恵とをもちい、法則や周期や算術を人類は見つけてきた。それが「数学」それが「算数」なんじゃないの。過去に無限の暗闇をもち、未来にも無限の未知を控え、その中間に、ぽっちりと、一見明確そうに思われている「数」や「技術」の世界をしか、われわれは現に持っていない。ちがうかいと、算数大の苦手のこの秦さんが、N君にも、教室の諸君にも、挑んだ。ゴメンナサイ。
 専門の先生に言わせれば、とんでもない話かも知れない。しかし一作家教授のこういう挑発にも、東工大の学生は意外なほど真剣によく考え、書いて、いろいろと教えてくれた。科学技術の、研究開発の、明暗こもごも。時には聴いて楽しく、時には身の毛もよだつ最先端科学の、希望や害毒に、大勢の心ある若きわが友人たちは、当時新世紀を目の前にしつつ、けっして安閑とは日々を過ごしていなかった。分厚いメモを片手に、何時間でも、現代科学の問題点をつぎつぎと定年直前の教授に説き聴かせ、近未来の地球と人間のために何ができるか、しなければならぬかを語って倦まない、また別のN君もいた。嬉しかった。
そういう諸君との日々を、わたしは、じつは「漢字」をはさんで、いや「漢字一字」をはさんでいつも厳しく対峙していたのだと、今にして懐かしく思い出す。

 読むときは自然に読めど書くときは考へさせられる水(  )・木耳 吉野昌夫

 虫食いに漢字一字を入れて短歌の表現を全うしてほしい。難漢字とばかり格闘してきたのではない、日本人は、こういう具合に漢字の「読み」「書き」とも悪戦してきたし、今も、している。四年半の教授生活でわたしは、講義の味付け付録に欠かさずこういう出題で、詩歌に馴染まない理屈っぽい理系優秀生を悩まし続けてきた。それがまた人気を得ていたのだから面白い。
 ほかでもない『今昔文字鏡』に親しんでいる方には、わたしが、何を意図して「漢字」一字の有り様から何を受け取らせようとしていたかは察してくださるだろう、贅言は用いない。むかし丸善の「学鐙」に三年間、歌仙を巻く具合に「一文字日本誌」を連載していた。漢字一字との付き合いをいろいろに問い直しながら日本人の文字とことばの暮らしを考えた。似たことを、わたしは詩歌を材料に理系の学生諸君にも働きかけていた。
 お許しを願い、もう少しお話ししておきたい。
 知っている人は、だれでも知っているが、若い学生、それも現代の理工系の学生だとほとんど知らない。鈴木六林男さんは経歴久しい立派な俳人である。その代表作の一つである句の、漢字一字を虫食いにして挙げてみた。

  ( )品あり岩波文庫『阿部一族』  鈴木六林男

はなから、これは原作どおりの正解の出てこない出題と、はらをくくっていた。第一に『阿部一族』を読んだ学生がすくないだろう。森鴎外の名作と知っていれば、それでよしとしなければならない。そう思っていた。
 びっくりするほど大勢が「気品あり」と入れてきた。「名品」「一品」「逸品」「上品」「佳品」などと続いた。「作品」もあった。いやいや「新品」「欠品」「備品」「返品」「残品」もあった。それどころか、「粗品」も「手品」もあった。書店のキャッチ・コピーとして一句を読んだ例がけっこうあった。鴎外作品と知らず、熊本の細川藩での殉死と反乱の事件とも知らずに、逆に大河ドラマ「炎立つ」奥州の安倍氏を描いた原作だという答えも、何人も混じっていた。
気品も名品も、じつは『阿部一族』だから出てきた言葉ではなかった。「岩波文庫」だから多分という推測が多かった。昨今のいわゆる「文庫本」の低調を知り、岩波文庫の選書にかけた厳格なものさしを、学生たちが、けっこう高く評価している事実が、はからずもこんなふうに現れていたのが面白かった。考えさせられた。
 それでも鈴木さんの原作の文字は、まるで別のものであった。原作は「遺品あり」なのである。戦地に赴いて武運つたなく異国の戦場に果てた若い戦友の「遺品」に、ただ一冊の岩波文庫『阿部一族』があった。ただそれだけのたった十二字。無季の俳句の代表作であり、戦記文学としても煮詰められた最高の作である。「殉死」という非道の道義を痛切に剔った鴎外の原作を読みかえして見れば、この句の哀切な批評の迫力魅力はさらに倍加するだろう。
 事実「虫食い」を埋めるのには、ま、惨敗した学生諸君の多くが、どの文庫本でかは知らないが『阿部一族』を読んでくれた。「胸が石のように固くなりました」とメッセージをくれた者もいた。気品ある名品は、実際に読んでもらえば講釈の手間の多くが省けるのである。『阿部一族』一冊を「遺品」に戦死した若者の無念は、きっと学生諸君の胸の深くに届いたことと思うそのうちに、また「季節」がきたので、今度は蕪村愛弟子のこんな句を読ませてみた。

  やはらかに人わけゆくや( )角力 高井几董

点数を献上したぐらいの出題であったのに、これが、またも惨敗、私の方が肩透かしを食ったような妙な気分だった。若い諸君の十人に八人以上が「角力」が読めない。句の意味がだからさっぱり見当もつかないというのだ。「角界」といい「力士」というじゃないの。あッそうか。そんな次第で、「勝角力」と正解が、百人に二人見当。何人かが「大角力」「押角力」その他「腕」「尻」「独」「紙」など、二割に足りない。
 こころみにルビをふってもらっていたので、吹き出すほど面白い「読み」にたくさん出会った。
 「四角力(こうさてん)」「風角力(かざぐるま)」「馬角力(ばかぢから)」「牛角力(かたつむり)」「人角力(じんりきしゃ)」「車角力(くるまひき)」「四角力(しゃかりき)」「錯角力(テクニック)」「多角力(にんげんせい)」「鹿角力(かがくりょく)」「鬼角力(かぶとむし)」「頭角力(リーダーシップ)」「加角力(かすみりき)」「無角力(はるのかぜ)」等々、約七十種もの文字と読みとが収集できた。怪力役小角の伝説を踏まえた「小角力(おづぬりき)」まであった。分からないなりに考え、考えているうちに、それでも、そこそこ詩の世界に足を踏み入れかけているのもある。それがわたしには大事なことに思われたのである。
 「勝角力」とした学生の答は、確信にみち、よく見ている。ただし、当然勝つべく土俵へ向かう横綱の悠然とした風情だとみた学生があり、勝って花道を引き上げて行く力士の余裕と活気の姿とみた学生もいる。原作は後者にたぶん相違ないが、前者もわるくない。
 しかしまた「やはらかに人わけゆくや」につけて、「かざぐるま」も「はるのかぜ」も「かたつむり」も、いやいや「くるまひき」でも、これはこれで面白いではないでしょうか。
 さはさりながら、私の愛した学生諸君、当て字と当て読みとの才能も抜群、いや抜群すぎるようであった。


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