二階堂善弘(茨城大学助教授)
ここ数年は、『三国志平話』などの、宋元の平話資料のデータ化を進めている。
基本的に、幾つかのバリエーションを持ったデータを作成しようとしている。
しかし、これはかなり厄介な作業である。
現在、データの形式は、三種を考えている。
一つは検索を主体としたもので、誤字・脱字、人名の誤りなどを校正したもので、略字については、これを伝統的な書体に直している。
もう一つは、校正データと版本の画像データを組み合わせたものである。
さらにもう一つは、なるべく省略された字体や誤字についても、そのまま忠実に反映したデータである。
何故このようなデータが必要になるかというと、このようなデータには、誤字にも重大な情報が含まれているからである。
例えば、「司馬懿」については、一貫して『三国志平話』では「司馬益」と書かれる。
この混同は、北方の入声消滅現象を反映したもので、このテキストが書かれた時代と地域を確定する重要な鍵となるものである。
非常に重要な情報と言ってよい。
ただ、このような形式のデータを作成するにあたって、略字の扱いには閉口している。
元の時代、印刷物の世界でもすでに多くの略字体が使用されていた。特に通俗文学の世界は、非常に多くの文献に略字が使用されている。
例えば、『三国志平話』の上巻、劉備・関羽・張飛の三名が、桃園結義の前に初めて出会う場面を、略字を反映して記述しようとすると以下のようになる。
姓張名飛、字数 、乃燕邦
郡范陽人也。
生得豹頭環眼、燕頷邪鬚、身長九尺餘、声若巨鍾、家豪大冨。
因在門首閑立、見関公街前過、生得皃非俗、衣服藍涓、非是本処人。
縱歩向前、見関公施礼、関公還礼。
飛問曰、「君子何往。甚州人氏。」
関公見飛問、観飛皃亦非凡、言曰、「念ム河東悉州人氏。因本縣官虐民不公、吾殺之、不敢郷中住、故来此処避難。」
飛関公話畢、乃大丈夫之志、遂遨関公於酒肆中。
飛叫量酒、「將二百銭酒來。」
主人應声而至、関公見飛非草次之人、説話言談便氣和、酒尽、関公欲待還盃、乃身无銭、有艱難之意。
(略)
説起一人、姓
名備、字玄
、
州范陽縣人氏、乃漢景帝十七代賢孫、中山靖王
勝之後。
(略)
年十五、母使行寧、事故九江太守盧植処寧業。
公不甚楽讀書、好犬仂、美衣服、
音楽。當日因貶履於市賣訖、也来酒店中買酒喫。
赤字が、略字を使用している部分であるが、これがまた様々なパターンがあって辟易する。
特に、幾つかの地域・国家では、これらの略字を正式な字体として採用しているために、一見すると混乱したイメージを与える。
例えば、「劉備」の「劉」は「
」であり、これは現在の中国大陸では一般に簡体字と呼ばれるもので、正式な字体となっている。
「无(無)」「
(邊)」「
(愛)」などもそうである。
一方で、「関羽」の「関」は、本来「關」であるが、現在の中国の簡体字「
」とも違い、現在の日本で一般に使用される「関」を使っている。
これは「楽(樂)」「処(處)」「声(聲)」なども同じである。また一方で、「来(來)」は、中国大陸・日本どちらにも共通の略字体である。
実際には、略字は長い歴史を持ち、印刷物においても多用されている。
それが現在たまたま幾つかの地域・国で正式な字体として採用されていたり、また偶然の一致から同じ字体となっているもので、元来は地域に特定のものではない。
もっとも、これを電子化する段になると、やはり現在の漢字コードを使用せざるを得ない。
しかしそれこそ、「関」があるからと言ってJIS
X 0208だけを、「
」があるからと言ってGB2312だけを使うわけにはいかないのである。
できれば、こういったものが、各国別に分かれているのではなく、「統合」されているコードの方がありがたい。
何故なら、これらの字体は、少なくとも通俗文学の印刷資料においては、全く「漢字」として混然として意識されているからである。
幸いなことに、Unicode(UCS-2)などを使用すれば、そういったことをあまり意識することなく、データ整理が可能である。
この統合漢字がいけないという議論があるが、少なくとも、通俗文学資料を扱う上では、統合されている方がありがたいのである。
もっとも、これは結果的にそうなったというだけで、Unicode側の意識とはまた別の問題であろう。
昨今、このUnicodeは多くのアプリケーション、例えば、マイクロソフト社のWordでも、ジャストシステムの一太郎でも使用できるので、データの整理は考えられないほど楽になった。
しかしその他にも厄介な略字は多く存在している。
「仂」などは、「馬」でもなく「
」でもない。「斈(學)」も、表記に困る字である。
しかしこれも幸いなことに、エーアイ・ネットの今昔文字鏡のおかげで表記できるようになった。
ただ現在では、こういったデータを検索して整理する、或いは公開する場合、まだまだ困難があるのも確かである。
今後はこの方面への対応が可能な仕組みに取り組みたいと思っている。