Essay XIV
文字・表記・音韻研究とコンピュータ 〜たとえば『土左日記』研究〜
東洋大学大学院文学研究科国文学専攻
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
文字鏡研究会参事
谷本 玲大
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/s_tanimoto/
■はじめに
今回の会報は文字鏡の新版リリースに合わせて出されるものであるとの由。
そこで、研究会からは文字鏡のTrueTypeFontを利用した実例として稿を為すように求められた。
よって、本稿は読者のコンピュータに文字鏡のTrueTypeFontがインストールされていれた場合に適切に表示される事を前提に記述されている。
あらかじめご了承願いたい。
■『土左日記』の国語・国文学研究に於ける特殊な地位
短い本稿の中で題材として取り扱うのは『土左日記』である。
『古今和歌集』撰者の一人である紀貫之は、その晩年、土佐守として赴任していた。
その土佐から、承平四年十二月(934)に帰京する旅に発ち、翌年二月に都に至るまでの旅を記したのが『土左日記』である。
高等学校などでも「日本で最初の仮名書き日記」として教えられるように、仮名文学の先駆的な作品である。
さて、この『土左日記』であるが、国語・国文学研究に於いて非常に特殊な地位を持つ。
一般に、古典文学作品は手で書き写すことによってのみ世間に流布し、後世に伝えられてきた。
だから、誤写や場合によっては恣意的な改竄が加えられてゆき、ついには作者の書いた原本の面目を全く失ってしまう運命にある。
その中で、この『土左日記』は、唯一”筆者が書いた原本をほぼ完全に復元し得た”と言い得る作品なのである。
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この原本復元は池田龜鑑博士の努力によるところが大きい。又、その後の諸研究者の重要な研究も多くあるし、最近、注目すべき異説も出てきた。しかし、その逐一の紹介は今は措き、通説に従ってエッセンスのみを記すと、右図のようになる。なお、()内は現存しない伝本である。
●【尊経閣文庫本】は、鎌倉時代に生きた藤原定家(『新古今和歌集』撰者の一人、『百人一首』撰者として有名)が、その当時はまだ世に残っていた貫之自筆本を直接参照しながら書写したとされる本で、国宝に指定されているものである。(前田育徳会・尊経閣文庫蔵)
この伝本は、和歌や古典文学の世界でも多くの業績を残し、その当時や後世に大きな影響を与えた藤原定家の書写になると言われている点より、非常に尊重されてきた。しかし、実際には本文を忠実には書写しておらず、(定家当時の人々にとって)読みやすく、意味が通りやすいように恣意的に本文を書き換えてしまっている。
その点で尊経閣文庫本は”貫之が書いた『土左日記』”を復元するには好材料ではないが、「国語学」(過去の日本語の発音の仕方やアクセントなどを復元することを目指したり、過去のある時点の日本語表記法を研究したり、或いは過去の日本語の文法を研究したりする学問)の世界では、特に注目を浴びている。
なぜなら、「定家の恣意」を詳細に検討する事によって、定家の生きていた鎌倉時代当時の京都地方のアクセントや、定家が提唱したとされる定家仮名遣い(これが批判的に継承されて後の歴史的仮名遣いに連なって行く。)の本質を理解することができるからである。
●【為家本】は、藤原定家の子、藤原為家が、やはり同様に貫之自筆本を直接参照しながら書写したとされる本で、重要文化財に指定されているものである。
この本の特質は、尊経閣文庫本とは正反対に、変体仮名の字の形(字母)、行替えされる位置、字の書き癖や書体、字の繋がり方(連綿)までも、貫之自筆本に忠実に書写したと考えられる点である。
為家本は近年初めて世に紹介されたものなので、実質的には青谿書屋本を為家本の代わりとして研究されてきたが、青谿書屋本との違いはごく僅かであるという。(大阪青山短期大学蔵)
●【青谿書屋本】(セイケイショオクボン)は、その為家本を忠実に書写した本であり、池田博士はこれを元に原本の復元をなされた。
青谿書屋本や為家本を、その他の伝本と比較する事によって貫之当時、即ち平安時代初期の筆記資料の面影を推察することができる。(東海大学蔵)
これは「ん」の字形の文字が、ある時には「モ」と読まれるべき所に、そしてある時には「ム」と読まれるべき所に用いられているのである。
この「ん」は「毛」の仮名を崩したものであると言われていた時もあったようだが、今は否定されており、「无」の崩しであろうと言われている。
稿者も、このことを仮名書道の専門家に問いただしたところ、答えはやはり「毛」の崩しではなく「无」と考えるべきだとのことである。
註:「モ」と「ム」の両用に用いられている事の論証や研究史に関しては、小野正弘氏、「ん」字の考察(『日本語研究法【古代語編】』(青葉ことばの会編 おうふう刊 1998-4)に手際よくまとめられている。
又、広くオ列ウ列相通の問題については、大坪併治氏『訓點語の研究』(風間書房,
1992-1993)、有坂秀世氏 『上代音韻攷』 (三省堂 1955)、小倉肇氏『日本呉音の研究』 (新典社, 1995)などを参照。
さて、この「ん」が、何故「モ」と「ム」の両用に用いられているのか。
『廣韻』(昔の中国語の発音辞典)に「无 南无出釋典又音無」(上平第十一模)と記されている。発音は「莫胡切」と書かれているので「ボ」。又、別に「無」と同じ音にも発音されると言う。そこで、『廣韻』の「無」を見てみると、「無 有無也…(中略)…武夫切二十一」(上平第十虞)とあり、発音は「武夫切」。よって「ブ」。
大雑把に言って、濁音bは清音mへ時代が下ると移動して行く傾向があるので、貫之当時はmoとmuとの両用に発音されたのではないか。
つまり、貫之はその生存当時に於ける漢字の中国音に関する知識をここに織り込んで、自身の知識や見識を読者に披瀝したのではあるまいか。
國立臺湾大學客家研究社(NTU-Hakka)(http://www.south.nsysu.edu.tw/group/NTUHakka)が無償で公開している「客家有聲語字典」(Windows95以降で動作する日本語版もある)で、四県方言の「無」の発音"mo11"を聞いてみると、主母音から韻尾への音の流れの中で現代日本人には「モ」とも「ム」とも聞き取れるような発音に思える。これも示唆を与えてくれるのではないかと期待している。
但し、以上述べたところだけでは勿論、単なる思いつきのレベルで、論証不十分である。
音韻体系全体を貫く考察をめざすべきであろうし、慧林音との関係など、考えるべき点はなお多いだろう。
全体、音韻資料を体系的に処理して漢字の中国音や、その影響を多分に受けていた上代・中古の日本漢字音の考察を行うときには、膨大な音韻資料の処理が必要になってくる。このような統計的な処理はデータベースの得意とする<はず>であるが、従来は事実上、ほとんど不可能であった。
これは、音韻資料中で使用されている漢字の字種があまりにも膨大であり、一般にワープロ専用機やパーソナルコンピュータなどで利用されてきたJIS第一水準/第二水準に収録される漢字では到底覆えるものではなかったからである。
例えば高崎一郎氏作成の「オンライン廣韻」や、「オンライン説文」(http://www.vector.co.jp/vpack/browse/person/an010632.htmlから入手可)は、SHIFT-JISの範囲のみを収録している。
又、住谷芳幸氏作成にかかる「広韻反切并韻鏡、広韻索引」(ftp://ftp.matsusaka-u.ac.jp/pub/etexts/koinkyo/)はSHIFT-JIS版の他にTRON版も用意されているが、TRON版でさえ補助漢字の範囲までの字種である。
どちらも労作であるが、表現できる文字数の壁に阻まれて、あらましの見当を付けるレベルまでの限られた利用に止まらざるを得なかったのである。要するに、全体を見渡す体系的視点はデータベースが有利だが、『廣韻』や『韻鏡』の全文翻刻はソフトウェアやOSの制約上、不可能だったのである。
しかし、『今昔文字鏡』のTrueTypeFontを利用すれば、このような問題も解決へ向かうであろう。
例えば別表は、高崎一郎氏所蔵の寛永十八年版『韻鏡』の一部を今昔文字鏡のフォントを用いて稿者が翻刻したものである。
このように、音韻資料を電子的に蓄積して行けば、『韻鏡』の三等・四等音の問題などへの多角的視点に立ったアプローチの試行錯誤も従来では考えられなかったほどに簡単に行えるかもしれない。
又『漢語方言字匯』や『上古音韻表』などを、先に述べた國立臺湾大學客家研究社(NTU-Hakka)「客家有聲語字典」のように実際の音声データと組み合わせて利用できる環境の実現も、技術的には可能になって来るであろう。
■尊経閣文庫本『土左日記』の文字・表記・音韻研究とコンピュータ
尊経閣文庫本は先にも述べたように定家が意味が通じやすく、又、表記を読みやすく書き改めたものであり、貫之直筆の原本の有様とはほど遠い姿となっているものと見られている。
しかし、定家は、生涯に於いて様々な古典の校訂を行ったのであって、現在、定家本が最善本だとみなされている他の諸作品を研究するに当たっても、定家の校訂の傾向を知る上で重要な資料を提供している。つまり、「定家本とは何か」を見極める材料としても非常に重要なのである。
さて、尊経閣文庫本『土左日記』には、様々な特徴が指摘されているが、特に次のような点が研究の対象として注目されてきた。
(研究史の内容に立ち入った細かいことには今、触れないことにする。)
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しかし、従来、コンピュータ上でこのような表記上の特徴を研究する事は意外に難しかった。
それは、変体仮名を扱うことができなかった為である。
そこで、例えば渋谷栄一氏が http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/ にて公開されているデータ(「藤原定家自筆の仮名文字に関するテキストデータベースと画像データベースの作成研究−定家本「土左日記」本文の基礎的研究−」)のように仮名の字母である漢字に直して翻刻することが行われてきた。
渋谷氏の労作を引用すると次のようになる。
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TOSA000000101 乎止己毛春止以不日記止以不物 TOSA000000102 遠ゝ武奈毛志天心美武止天寸留 TOSA000000103 奈利楚礼乃止之ゝ波数乃者川可 |
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( 中 略 ) |
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TOSA000006801 加知止利乃遠乃川可良乃己止波奈利 TOSA000006802 可地止里者宇徒多部爾和礼宇多 |
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( 下 略 ) |
従来はこのような工夫が必要であったが、このような表記方法を用いた場合、仮名字母の中に上記例では「日記」のように「漢字として用いられた語」が埋もれて判読しにくくなってしまう。変体仮名フォントの利用を研究の現場で進めて行くと、そのような場面でも識別しやすくなるであろう。
試みに、豊田尚子氏(「藤原定家自筆の平仮名文における仮名の用法について」『國文学攷』136号 広島大学国語国文学会 1992年)の指摘された、隣接する二行の行頭が共に「かちとり」になっている行を字母の字形を区別して表記すると下図のようになる。
このようにすれば、仮名字母の使い分けの状況は一目瞭然である。研究に多大な便宜をはかるものであることは間違いなかろう。
| 34ウ2行 | 34ウ1行 |
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上図のうち、「
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」「
」は、文字鏡フォントの24dot画像を使用し、その他はダイナラブ社のDF行書体を元に稿者が画像化して貼り付けた。
美的な観点での仕上がりは、やはりダイナラブ社の製品に一日の長があり、さすがに緻密な出来映えではあるが、文字鏡によって変体仮名フォントが簡便に利用できるようになったそのメリットには捨てがたい魅力がある。
こうなってくると、独特な筆跡である「定家様(ていかよう)」のフォント開発も期待されてくるが、望蜀というものであろうか。
仲間内での研究会報などで、このようなフォントを利用してDTPで版下処理をすれば、印刷経費等も気にせずに研究成果を公表することが可能になるであろう。
コンピュータでの利用はおろか、従来の印刷媒体で処理する事さえ困難だった非常用漢字や変体仮名も、いよいよ個人環境で実用出来る目処が付いた。今後の語学・文学研究への寄与が期待される。
付記:本稿は漢字文献情報処理研究会・創立記念大会(1998.12.13、於:早稲田大学)にて同題で口頭発表した際の原稿を元にしている。