Essay IX

梵字悉曇について

兒玉 義隆

梵字は、インドの文字の総称で、地域や時代によって異なる幾つもの書体を含んでいる。
本来、サンスクリット語を表記するために造られた文字であったが、仏教の文字観と結びついて、宗教的レヴェルまで発達した。

日本へ伝った梵字は「悉曇[しったん]」と呼ばれ、六世紀から九世紀にかけて中央インドを中心に用いられた流行書体である。
この悉曇が密教の教理と密接なかかわりを持つ。

書体名のほかに、悉曇文字には、「成就・完成」という言葉の意味がある。
密教では、悉曇は大日如来から相承した神聖な文字であると説かれる。
成就・完成とは、悉曇文字そのものが持っている機能が完成し成就しているということである。

弘法大師空海は、悉曇を如来の真実語として捉え、文字でほとけのさとりの世界をあらわすことができると説く。
すなわち、種子[しゅじ]、真言[しんごん]、陀羅尼[だらに]を密教を形成する重要な要素の一つであると位置付ける。
このことは、真言宗という宗名にもあらわれている。

ほとけの標幟[ひょうじ]である悉曇文字は、むかしから大切に扱われている。
「悉曇大事十不可事[しったんだいじじゅうふかのこと]」には、初心者が犯してはならない悉曇に関する禁止条項を掲げ、厳しく戒めている。
悉曇の習得には「悉曇十八章」という、悉曇の手本を阿闍梨から授かり、師資相承を本義としている。

悉曇は弘法大師以来、一千二百余年もの永い間、インド母国を離れて独自のあゆみをしてきたために、文字の形、発音等、日本風に変貌しているが、歴史、宗教的にみて日本で定着した文字である

悉曇の書体については、字母のなかには誤伝もあり、そのことからインドの貝葉体を強調する向きもあるが、永い歴史の中で生きてきた宗教的伝統は、それだけで十分な説得力を持つ。

書写の樣式についても、インドの貝葉体とは異なり、日本の悉曇は毛筆が主流である。
毛筆は個人の特色が文字に出やすく、各時代で多くの梵字悉曇の大家を輩出する。
江戸時代の澄禅[ちょうぜん](一六一三−一六八〇)、浄厳[じょうごん](一六三九−一七〇二)、慈雲[じうん](一七一八−一八〇四)、智満[ちまん](一八三五−一九〇九)は、それぞれ澄禅流、浄厳流、慈雲流、智満流の流名を遺す能筆家である。
四師に共通するのは何れも悉曇文字の版下用梵字を浄書していることである。

澄禅、浄厳二師は、先人が著わされた悉曇の名著を開板している。
慈雲尊者は、自らの編著『梵字津梁』の版下を浄書している。智満和尚は、長谷宝秀編『弘法大師全集』中の所用梵字悉曇を浄書している。

活字体は通常の梵字悉曇より文字の規格に制約がある。
梵字は元來稍縦長に書くが、活字体はほぼ四角形である。
そのため切継[きりつぎ]字(二字以上の子音字を重ねて一つの文字を造る)はより高度な運筆法が要求される。

智満和尚の活字悉曇文字は、その後、大正大蔵経にも採用され、智満流の活字体が確立される。
残念ながら、そのとき使用した活字の元版は現存しない。

このように、活字体は悉曇表記上の一分野を確立したが、近年コンピューターの発達により、活字(フォント)化が一層容易になった。
いま、コンピューター用悉曇の版下を浄書するに当り、先人の名を汚さぬよう、その責任を痛感している。

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