Essay VI
『原本系玉篇佚文集成データベース』の構想と今昔文字鏡
瀬間 正之
記紀、万葉を初めとする我が国の上代文学、律令やその註釈書といった古代史料、ひいては平安時代の漢詩文に至るまで、我が国の古代文献に大きな影響を及ぼした中国南朝梁の顧野王による『玉篇』。やや遅れて成る『切韻』が韻分類による字書であるのに対して、この部首分類による『玉篇』は、とりわけ日本では、漢字の字形さえ認めれば、音義はわからずとも簡単に引くことが可能であることも手伝ってか、長い間、字書の代名詞にさえなっていた。我が国古代、常に知識人の座右に置かれ、漢文読解にも、文章制作にも愛用された『玉篇』は、現在の我々が、古代漢字文献を読解する上でも不可欠の字書であると言い得る。既にその方法論は、故小島憲之博士によって繰り返し提示されている。
『玉篇』が成った梁という時代は、折しも六朝文化絢爛の時、儒仏道の三教が兼学され、玄儒文史が博く享受された時であった。『華林編略』『経律異相』といった武帝蕭衍自らの命による外典内典の類書も編纂され、その皇子、蕭統・蕭綱も『文選』『玉台新詠』といった選集を次々に編み、こぞって六朝美文が制作された。美文に典故は不可欠であった。如何に多くの故事を知るかが競われた時代でもあった。
そうした風潮の中で誕生した『玉篇』が、美文制作の要求に適った字書であったことは論を俟たない。煩雑なほど典故の挙例に労を尽くした字書であった。即ち、掲出字の音を反切で挙げ、広く経籍の実例とその訓注を引き、顧野王自身の見解を「野王案」として述べるという体裁を有する。小島氏が『玉篇』を訓詁学の類書と見なしたことは実に当を得た見解であった。これを〈原本系玉篇〉と呼ぶ。
六朝美文の時代から、古文復興、唐宋八家文の時代を迎えると、漢字の字音・字義も変化を生じ、漢字量自体も増加した。これに伴って、『玉篇』も幾度か増補改編が行われ、宋の時代になって今日に残る『大広益会玉篇』が成立する。これは、漢字の配列順序は、ほぼ〈原本系玉篇〉を踏襲するが、反切を当時の発音に改め、大幅に典拠の挙例を削った体裁となっている。これを〈宋本玉篇〉と呼ぶ。
今日でも簡単に入手可能な〈宋本玉篇〉に比べて、失われた〈原本系玉篇〉こそが、我が国上代文献の解読に必須のものであるが、その復原は容易なことではない。かろうじて我が国のみに残った数巻の古写本、多くの書に引用された佚文、そしてその抄本とも言い得る空海撰『篆隷万象名義』・・・・・・、これらを集大成して、できる限り、往事の姿に近づける以外に手はない。
これまでにも、早くは岡井慎吾氏による佚文集成(『玉篇の研究』1933年所収)、馬淵和夫氏によるその増補補正(『玉篇佚文補正』1952年)、西端幸雄氏による「原本玉篇零巻・玉篇佚文補正漢字索引(1976年)、さらには宮沢俊雅氏による『篆隷万象名義』掲出字一覧表(これには原本系玉篇佚文検索の機能も付されている。『高山寺古辞書集成一』1977年)などが刊行されているが、最古の岡田氏の佚文を除き、いずれも「手書き原稿」の印刷製本であり、活字にさえなっていないのが現状である。何よりも活字の欠如がその要因であった思われる。
以後、現在でも、佚文発見は続く。西崎亨氏、佐藤寛氏などの佚文報告があり、とりわけ井野口孝氏は、精力的に佚文蒐集に努められ、今年三月にも、智光『浄名玄論略述』所引の佚文を考証されている。これらの佚文を集大成して、『原本系玉篇佚文集成データベース』を作る必要性と緊急性はつねづね研究者の自覚の中に見え隠れしていたことと思われる。
近年、池田証寿氏によって作成された『篆隷万象名義』『宋本玉篇』掲出字データベースも、そうした自覚の顕在化の一つであると思われるが、JIS外漢字の表示・印刷は将来に期待せざるを得なかったことが悔やまれる。近年、台湾のBIG5やユニコードなども、日本語ウィンドウズ上で表示可能になったとは言え、まだまだ『篆隷万象名義』の掲出字を網羅しているとは言えなかった。
しかし、来る『今昔文字鏡』のトゥルータイプ化は、『篆隷万象名義』の掲出字、〈原本系玉篇〉佚文、すべての電子テキスト化を可能にする。『原本系玉篇佚文集成データベース』具現化への第一歩であることは言うまでもない。『今昔文字鏡』には、今回のバージョンアップ製品に、仮に含まれぬ漢字があっても、それを報告さえすれば、次回のバージョンアップ時には組み込まれるというシステムがある。これを利用すれば、『原本系玉篇佚文集成データベース』の構想はますます現実性を帯びてくる。
とりあえず『原本系玉篇佚文集成データベース』β版を作成公開し、新たに佚文が発見されれば、そのまま次々に入力増補するという形がベターであろう。これが公開されれば、本家中国は元より、我が国においても古代語・古代文学・古代史の研究者にとって必需品となることは間違いない。
最大の問題は、一体誰がこの一大事業に着手するか、という点である。実は、昨年の初夏、電車でたまたまお会いした西端氏に、『今昔文字鏡』の紹介とともに、『原本系玉篇佚文集成』の構想を申し上げたことがあった。今はともかく、将来的には、井野口氏も交えてチームを作り、科研費を申請してやるつもりもありますから、そのときはぜひ、ということであった。
「従隗始」の語も響く今日この頃である。