Essay III

旧字体が好まれる漢字の同定−女子大学生を対象にした調査−

キーワード:異体字,好み(選好),社会言語学,認知心理学,包摂・統合

Keywords : Kanji-Itaiji, Preference, Socio-linguistics, Cognitive Psychology, Unification

横 山 詔 一
Shoichi YOKOYAMA

国立国語研究所
The National Language Research Institute

115 東京都北区西が丘3丁目9番14号
3-9-14, Nishigaoka, Kita-ku, Tokyo, 115

yokoyama(#AtMark#)kokken.go.jp

笹 原 宏 之
Hiroyuki SASAHARA

国立国語研究所
The National Language Research Institute

115 東京都北区西が丘3丁目9番14号
3-9-14, Nishigaoka, Kita-ku, Tokyo, 115

sasa(#AtMark#)kokken.go.jp

Summary

In transcribing ヒノキ (/hinoki/) in Kanji, which form do people prefer, 檜 or 桧 ? (Both 檜 and 桧 mean " cypress ".) This question is related to the pragmatics of usage of revised and traditional forms of kanji in the JIS character set. This problem has been taken up and discussed by the National Language Council in Japan. There have been as yet, however, few empirical studies. Therefore, we have taking a survey to find out which character forms the prefer of women college students in Tokyo since July in 1997.

We frames the following two hypotheses.

  1. Considering the respondents' age group (about 20 years old), the Japanese students will tend to prefer revised to traditional form.
  2. They will show, however, a weak tendency to prefer revised to traditional form, when neither are included among the Joyo Kanji( the characters for common use).

The questionnaire presented alternate forms (revised and traditional) of the same character, with instruction to choose the ones that the respondents prefer to use.

The instruction of this survey are as follows, " This is a survey which examines kanji usage. Below, you will see pairs of kanji, which are of different shapes, but which have the same meaning... Please select the shape of kanji you use writing a kanji by hand or typing it on a word processor. First of all, please look at each pair of kanji, comparing the two shapes carefully, and compare the degrees to which you would want to use each of them, and put a circle around one you prefer to use. "

We selected two types of revised and traditional forms from the first and second levels of the JIS character set. In one type, the revised form is included in the list of Joyo kanji. In the other type, either form is in the Joyo kanji list, but an " unofficial " simplified form has been produced and included in the JIS character set. All the pairs selected can be displayed in the MS Mincho and the FA Mincho fonts.

【1】はじめに

 漢字には、「桧」と「檜」のように、読みと意味は同じだが、形が異なる「異体字」と呼ばれるものが多数存在する。笹原・横山(1997,1998)の一連の研究は、異体字研究を単に漢字研究の旧来の枠組みのなかだけで行うのではなく、社会言語学や認知科学の領域も射程に入れて、有効な調査・実験手法を編み出すことを目標に掲げている。

ここでは、女子大学生に旧字体が好まれる漢字を明らかにしたうえで、異体字の包摂・統合に関する考察を試みる。

 

【2】方 法

笹原・横山(1998)ならびに、当予稿集(笹原・横山・野崎,1998)を参照されたい。ちなみに、JIS外字の漢字フォントは『今昔文字鏡』(エーアイネット・紀伊國屋書店,1997)に基づいて古家時雄氏が開発したTrue Type Fontを用いた。

【3】結 果

3.1. 旧字体が好まれる漢字

新字体と旧字体がランダムに選択されたとすると、それらの選択人数の期待値は同数になる。そこで、カイ2乗検定によって、旧字体を選択した人数が期待値よりも有意に多い異体字ペアを同定した(p<.05,df=1)。それらにおける旧字体選択率を表1に示す。

yoko1

 

3.2. 旧字体と新字体の選択率に差がない漢字

選択人数によるカイ2乗検定の結果、有意差が見られない異体字ペアを表2に示す(p<.05,df=1)。

yoko20.gif (29799 バイト)
yoko21.gif (25262 バイト)

【4】考 察

4.1. 旧字体が好まれる漢字について

  1.  20歳前後の女子大生は、一般的に、新字体を好む傾向が強いと予想される。しかし、表1の結果は、旧字体が支持されるケースも希ではないことを明らかにした。これと同様の結果が、別の被調査者に実施した笹原・横山(1997)の調査でも報告されており、データの信頼性(安定性)はきわめて高いことを確認できた。
  2.  また、「潅−灌」「頚−頸」「篭−籠」「壷−壺」「桧−檜」「鴬−鶯」「賎−賤」の7組の異体字ペアで旧字体が強く好まれている事実は注目に値する。これらは、JIS漢字符号規格の区点番号において、1978年版と1983年版で第1水準と第2水準の入れ替えがあったものである。
  3.  おそらく、この7組は、雑誌等の活字メディアにおいて、旧字体の出現率が新字体と比較して相対的に高く、その影響で旧字体に「なじみ」が生じ、結果として旧字体が好まれるという因果関係が成立するのではないかと考える。
  4.  今後の検討課題として、活字メディアにおける新旧両字体の使用率データを入手し、「旧字体使用率→なじみ→好み」という図式の妥当性を検討することが望まれる。

4.2. 新旧字体間で選択率に差がない漢字

 新字体と旧字体がランダムに選択されたとすると、両者の選択率に差は生じないはずである。このような観点で表2をながめると、以下のような可能性も考えられる。

  1.  表2に示された異体字ペアは、人間にとって「交換可能」なものかも知れない。つまり、新旧字体を入れ替えても、人間の漢字認知システムには何ら影響を与えないのではないだろうか。
  2.  例えば、「蛍」と「螢」は選択率がほぼ50%ずつであることから、女子大学生にとって両者は等価と見なされている可能性がある。この点だけを取り上げれば、蛍と螢は包摂あるいは統合できると言えなくもない(ただし、この見解は一面的であり、論理的飛躍を含むので、後により詳しい検討を行う。)
  3.  人間の異体字選択行動は、字形要素の包摂基準に従わないところもあるのではないだろうか。その例として、「蝉−wpe1.gif (940 バイト)」「箪−wpe2.gif (913 バイト)」「騨−wpe3.gif (936 バイト)」は、新旧字体間での引き合いがあり、これを被調査者内でのランダム選択の結果と解釈するならば、そのペアは等価だと言えよう。しかし、「戦−戰」「単−單」は明らかに新字体のみが好まれる(旧字体選択率は、それぞれ4%、1%)ことから、「蝉−wpe1.gif (940 バイト)」「箪−wpe2.gif (913 バイト)」「騨−wpe3.gif (936 バイト)」とは別の扱いが必要となる。
  4.  もう1つ例を示す。「躯−wpe4.gif (938 バイト)」は等価の可能性があるが、「鴎−wpe5.gif (938 バイト)」は旧字体優勢(旧字体選択率65%)、逆に「欧−歐」と「区−區」は新字体優勢(旧字体選択率は、25%、1%)となっている。これらの結果を総合すると、字形要素が同じであっても、包摂・統合が生じる場合とそうでない場合が人間の認知システムには歴然とあるように考えられる。
  5.  以上の解釈は、あくまでも新旧字体間で選択人数に差がないという事実を「被調査者個人内でのランダム選択の結果」と解釈した立場に基づくものであって、別の解釈も成り立つことを強調しておかねばならない。被調査者個人内でのランダム選択でなくても、被調査者に2つの層、すなわち、新字体支持派と旧字体支持派が半数ずつ存在すれば、新旧字体間で選択率に差は生じない。そのようなケースにおいて、両派の選択傾向が強固で安定していれば、新旧字体を交換すると人間の漢字認知システムに大きな影響が生じるであろう。つまり、異体字ペアの片方は、もう一方と等価ではないことになる。
  6.  本研究は、この点でさらに究明すべき余地を残している。この問題の解決策として、表2の異体字ペア選択判断を連続尺度で測定することを考えている。たとえば、「蛍−螢」について「蛍の方を使いたい」「どちらでもよい」「螢の方を使いたい」というように3段階で評定させ、新旧どちらでもよいに回答が集中する漢字を同定すれば、等価な異体字ペアを明らかにできるであろう。

【5】覚え書き

異体字の包摂・統合を考える際に、その根拠はどこに求められるべきか。例えば、「鴎」と「wpe5.gif (938 バイト)」が等価か否かを決定する基準は、いったい何から導き出すのが合理的であろうか。本研究は、この点について以下のように考える。人間がある漢字の字体をどのような状況・目的で使用するのか、文字使用の社会的文脈や意図によって、異体字ペアの等価性はさまざまに変化する。つまり、異体字の包摂・統合基準は、人間の漢字認知システムにおいては固定されていないという立場をとりたい。

このような考え方は、認知意味論のレイコフやカテゴリー化研究のバーサロウらによって、綿密な研究が進められている。例えば、「赤ちゃん」と「銀行預金通帳」同じカテゴリーに包摂可能であろうか。両者が等価であると感じる人はあまり多くないであろうが、ここに「火事の時に持ち出すもの」という文脈・状況を付与すると、たちまち「赤ちゃん」と「銀行預金通帳」は同じカテゴリーのメンバーとして包摂される。

つまり、認知科学における先行研究の知見が示すところは、人間の包摂・統合作用は、目的・意図にあわせて柔軟に働き、自在にカテゴリーを形成するということである。あらかじめ、先験的に包摂・統合の基準が設定されているわけではない。この観点からすれば、本研究は、被調査者にワープロ使用場面を想定させたという状況的限定付きで、人間が異体字に対して意識的・無意識的にどのように振る舞うかを探る糸口を掴んだと言えよう。

引用文献

  1. 笹原宏之・横山詔一(1997)「大学生における異体字の選択行動」計量国語学会第41回大会発表
  2. 笹原宏之・横山詔一(1998)「異体字選択に影響する要因の分析」社会言語科学会第1回大会発表
  3. 笹原宏之・横山詔一・野崎浩成(1998)「異体字に対する「好み」と「なじみ」の相関関係」統計数理研究所シンポジウム:人文科学における数量的分析(V)
  4. エーアイネット・紀伊國屋書店(1997)『今昔文字鏡』

<附記>

本研究は,文部省科研費(創成的基礎研究)「国際社会における日本語についての総合的研究」(研究代表者:水谷 修)ならびに文部省科研費(重点領域:人文科学とコンピュータ)「インターネットにおける学術漢字の符号化に関する基礎的研究」(研究代表者:斎藤秀紀)の援助を受けた。

データ収集にあたって、国立国語研究所の中道真木男氏、相澤正夫氏、三井はるみ氏に大変お世話になった。また、データ解析において、国立国語研究所の米田純子氏と東京大学大学院の大森拓哉氏にご協力いただいた。さらに、国立国語研究所のEric Long氏と津田塾大学の谷口智美氏に英文summary作成を助けていただいた。これらの方々に厚く感謝申し上げる。

http://www.komaba.ecc.u-tokyo.ac.jp/~cc77705/kanji.html

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