会報第二号発行にあたってのご挨拶
文字鏡研究会会長 石川忠久
昨年三月に、十年以上の歳月をかけてつくりあげた「今昔文字鏡」が産声をあげて以来、画期的な漢字検索ソフトとして多方面からかなりの評価をいただいたことに、まず感謝申し上げます。
しかし、肝心の文字がドットによるぎざぎざなものだったためもあって、平滑な字形の、アウトライン化した文字フォントが求められてきました。
この度、ようやくそのトゥルー・タイプの新版をお届けできるはこびとなったことを喜びとしています。
検索方法自体は基本的には変わってはいないが、解字が「枝別れ図」で示されたり、「関連字」が充実したり、あるいは「部首検索」ができたりと盛り沢山に組み込まれているので、実用にも研究にも一段と皆様のお役に立つものと信じています。
今やインターネットの隆盛はとどまるところを知らない勢をしめし、中国や台湾でも漢字をつかってホーム・ページを開いているので、古典漢籍などが自由に手許にとりこめる時代となりました。
先日もその一つの画面を開いてもらい、ある故事を検索することができて、一驚するとともに、新しい時代が来たことを痛感させられました。
日本の漢文の世界もその点で、のうのうとはしていられません。
幸い、文字鏡研究会が、今回、独自のホーム・ページを開設することになり、世界のそのような動きに対処できることになったのは、一簣の功というべきでしょうか。
世界中の人が、漢字その他、膨大な漢字圏の文字を載せたそのホーム・ページから自分の必要とする字をとりこむことができる上に、今昔文字鏡に未登録の文字も依頼を受ければ直ちに作成して、その典拠とともにホーム・ページに載せることで利用いただけることになるのです。
こと漢字に関しては万全の態勢が整うといってよいでしょう。
今後、多くの方に、この「今昔文字鏡」を利用していただくよう、願ってやみません。
(二松学舎大学大学院教授、財団法人斯文会理事長、日本学術会議会員)
「今昔文字鏡」の新版について
文字鏡研究会主事 谷田貝常夫
「今昔文字鏡」には、三つの基本的な考え方がある。
その一つは、恣意的な字は作らない、つまり、現実に存在する文字だけを対象とすることである。
漢字を中心として、過去にあった文字や現在使われている文字、そして、望ましいことではないが、将来出現するであろう文字の、世に通用していることが確実な文字を「今昔文字鏡」ではフォントにして提供する。
過去から現在に至る漢字だけをとりあげてみても、まことに膨大な字数になることが予想される。
筆写のときばかりでなく、木版や活字にするときでも、漢字は、写しあやまりやら、転用やらで字形をふやしてきた。
また、漢字は、単漢字であっても強力な造語力がある。
それが特長でもあるのだが、そのため、中国ばかりでなく、近隣の日本や朝鮮半島、ヴェトナムに漢字が導入されると、その国なりのいわゆる「国字」が作られはじめた。
日本でもすでに奈良時代から国字が存在し、一説では、今では一万字はあるだろうという。その上、中国でも少数民族が独自の文字を作っており、西域にもまた別の文字がある。宗教関係ではインド発祥の梵字が今にいたるまで日本では使われている。
現在の漢字文化圏の文字の状況はこのように複雑でもあり、数が膨大でもある。
これ以上、恣意的に字数をふやしてはならないということを基本姿勢にしているゆえんである。
今昔文字鏡は、そのような文字群の全貌に迫るべく、できるかぎりの文字を電子的な姿で記録しようとしている。
そのことによって、現在の使用に供することができるとともに、将来に、文化遺産としてその記録を残していこうとしているのである。
ここから、二つ目の考え方にみちびかれる。
以上のような背景をもつ過去の文字を、現在も将来も、世界中の誰もが使えるようにしようというのである。そのためには、インターネットの利用が最適であるし、また、利用者に殊更な経済的負担をかけてはならない、と考えているのである。
基本姿勢の第三は、皆に開かれた、今後成長してゆく字典とする、ということである。
先に述べたごとく、漢字およびそれを取り巻く文化圏の文字は厖大な数にのぼるので、今昔文字鏡に未収録の文字も多いことが十分に予想される。そのため、そのような文字を見つけ、使用したい人からの要請を受けたならば、当研究会としては、それが根拠のある、恣意的なものでないことを確認した上で、作字をし、文字鏡のフォント群に加えてゆく方針である。
すでに、昨1997年3月に「今昔文字鏡」が初めて世に出て以来、数百の未収録漢字の報告があり、作字をした上で今度の版に加えられている。「今昔文字鏡」がその分、成長したのである。ご報告くださった多くの方々に、この場を借りて深く御礼申し上げる。
コンピューターが、いよいよ発展してゆくことは自明のことといえよう。未来志向で使われてゆくと同時に、過去に存在し、退蔵されていた文献類が電子化されて日に当たるようになる趨勢も著しい。そのことで、文学においても、宗教、歴史関係においても、新しい説が生まれ、今までの定説の正される可能性が出てきた。三つの基本姿勢を貫く今昔文字鏡が、その際に、縁の下の力持ちとして役に立てば、当研究会の喜びとするところである。
今回の新版について、付加的なご説明をしておきたい。
[文字の種類]
a)漢字…文字部品を含め、約8万字が、文字鏡独自の、字源に配慮し、画数を明確にした明朝体でおさめられている。
b)甲骨文…3500字強の甲骨文を入れている。これは島邦男教授の『殷墟卜辭綜類』を許諾を得て収録したものであり、元東大教授松丸道雄氏には一方ならぬご指導をいただいた。ここに深謝申し上げる。ただし、書体に関しては、今後折を見て、全面的に改善することとしている。
c)梵字…『梵字大鑑』で梵字を書かれた、種智院大児玉義隆助教授に書いていただいたものを載せている。ただし、今のところ、収録文字は600字ほどで、「読み」も入っていないが、次回には追加され、読みから検索できるようにする。
d)変体仮名…「部首表」の「かな」(あ)に200字強が収められている。寒玉書道会常任総務で日本かな書道会正会員、読売書法展審査員の鈴木華水さんに書いていただいたものである。
e)字喃…チュノムと呼ばれるヴェトナムの漢字が、約2200字強入れられている。そのほかに、漢字および日本の国字とたまたまぶつかっている文字もあり、それは字喃とは表示されていない。ヴェトナム本国より約3000字の作字要請があり、現在、作字中である。
f)水族文字…中国少数民族水族固有の文字が145字、収録されている。資料を用意した吉田良夫氏の要請によるものである。
g)記号類…ユニコードの記号類が大幅に取り入れられている。
h)今後の計画…『説文解字』の「篆書」約10,000字と「西夏文字」を収録すべく準備がすすめられている。